しゅっさい出塞
秦時明月漢時関
万里長征人未還
但使龍城飛将在
不教胡馬度陰山
万里長征人未還
但使龍城飛将在
不教胡馬度陰山
詩
※日本で一般に読まれている本文によります。
書き下し文
秦時の明月 漢時の関
万里 長征して人未だ還らず
但だ龍城の飛将をして在らしめば
胡馬をして陰山を度らしめざらん
現代語訳
秦の時代と変わらぬ明月、漢の時代と変わらぬ関所。万里の遠征に出た兵たちは、いまだに帰ってこない。もし龍城の飛将軍・李広のような名将がいたなら、異民族の馬に陰山を越えさせはしないのに。
原文と書き下し文の対照
秦時明月漢時関 ― 秦時の明月 漢時の関
万里長征人未還 ― 万里 長征して人未だ還らず
但使龍城飛将在 ― 但だ龍城の飛将をして在らしめば
不教胡馬度陰山 ― 胡馬をして陰山を度らしめざらん
鑑賞
「秦時の明月漢時の関」は、千年変わらぬ辺境の景と、繰り返される戦争の悲しみを凝縮した名句。明の李攀龍が唐代七絶の第一と推したと伝えられます。
日本で親しまれる理由
「秦時の明月漢時の関」。辺塞詩の代表
語句
- 飛将
- 前漢の名将・李広の異名
- 胡馬
- 北方異民族の騎馬
- 陰山
- 内モンゴルの山脈
作者
王昌齢の生涯と作品一覧は作者ページへ。
作られた背景
辺境の戦いを詠む楽府題「出塞」による二首の第一首。